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減量が鍵に。告知は家族の愛情なのか──柿本聡×エムアクト 神戸翼【前半】

年を重ねると突然体質が変化することがあります。傷の治りが遅かったり、息切れしてしまったりと、昨日とは全く違う感覚に陥ります。

3ヶ月前の健康診断では問題なかったのに、体に違和感があったことから病院での検査を受けました。それがステージ4のがんだと発覚。余命は3年と告げられ、27歳では受け止めることは難しい。

直腸がん発覚からコロストミーになった柿本聡さん。自身のがん発覚のときと、父のがん発覚のときと先と後に伝えられる両方の告知を経験しました。まず発覚からストーマ造設までの経緯をお聞きしました。

目次

オストメイトになった経緯

ゲストの紹介

本日のゲストは柿本聡さんです。簡単に自己紹介をお願いできますか?

直腸がんが原疾患でコロストミーになり、オストメイト歴は14年です。よろしくお願いします。

発覚

早速ですが、オストメイトになった経緯をお話ししていただけますか?

はい。28歳の時に直腸がんが見つかりました。きっかけは、柔道の大会に出場するための減量でした。
減量はいつも4月からはじめていましたが、その年は1か月で目標体重の10kgが落ちてしまったんです。お、今年はなんか調子いいぞと思っていたんですが、体温の上昇がいつもより早く高かったんです。
 
なせ体温上昇を気にするかというと、身体の全身のやけどによって体温調節が難しい体質だからです。
一般的に平熱は36度ぐらいだと思います。しかし私は、首下の80%がやけどをしているため皮膚呼吸がほとんどできない体質なんです。気温が上がりはじめる5月以降、体温が37.5、38度になっても体は平気と言う身体になっていきます。

それで体質の要因の体温上昇が始まったと思ったんですが、感覚に違和感がありました。病院で検査をしたら、血液反応で炎症反応が高い。
 
最初はかぜや感染症になっていると思い抗生物質をもらっていたんですが、熱は下がらないし調子も上がりませんでした。いつもの薬が効かないので、胸部と腹部のレントゲンを撮り、腹部と足元の境目の部分に、もやがあることがわかりました。今度は、CTの検査をしましたが、肛門部に何かあるという検査結果となったのです。

先生に思い当たることを聞かれ、はじめて排便が4日出なかったことと、出す時に血が出たことをお話ししました。
すると先生に四つん這いを指示され、座薬以外で初めてお尻の穴に指を突っ込まれました。先生の指が入った瞬間に痛みで飛び上がってしまい、診察室の壁に頭突きで穴を空けてしまったんです。その瞬間に先生が親を呼んでくださいと言われ、壁に穴を空けてしまったから親を呼ばれなきゃいけないのかと思いました。

その後、とりあえず下剤を飲まなくていいから、大腸カメラを入れると言われました。またそれが痛かったんです。検査結果を待つときは診察室で待機すると思いますが、私の場合はそのまま検査室の大腸カメラの待合室で30分ほど待っていました。
 
そして診察室に入室すると、おふくろがいて、泣いていたんです。それを見て高額な請求をされたと思ったんですね。しかし先生からは「十中八九がんだろう」ということでした。
 
明日は専門的に検査する大学病院に行ってしっかり見てもらってくれと言われました。さまざまな検査をした結果、直腸肛門がんでした。直腸とS状結腸の上に2か所にがんがあり、腸骨リンパ節、右鼠径リンパ節、肝臓、肺まで転移していてステージ4の末期がんという結果に。肛門の全摘出は必須でした。そこがオストメイトになるきっかけであるがんの発覚でした。

ありがとうございます。とても壮絶な体験でしたね。
まず、全身にやけどがあり、皮膚呼吸がしにくいため体温が上がりやすいとありました。体温が上がりやすいというのは、どういう内容なのでしょうか?

5月下旬から気温が上がってくるとともに体温も上がります。やけどのせいで汗をかける場所が限られてしまっているので、体内に熱がこもり体温上昇が起こしやすいんです。
 
長野県は車がないと生活できないので、車の中で強い空調をかけたり、冷えピタをはったりなど熱を下げることをしています。顔の熱は下がりやすいのですが、脇で体温を測ると37、8度になります。体調が悪いわけではなく、熱がこもっている状態なんです。
なので、本当に暑いときは夏場だと仕事をするとき地獄なんですよ。首に氷を巻いたりして対策しています。

ありがとうございます。
次にがんの告知に関してです。告知は家族が先で本人は後からだったのでしょうか?

そうですね。先生からは、27歳でステージ4の末期がんになったら30歳まで(生きるの)は厳しいだろうと言われました。
 
ちなみに、父ががんの手術をしたとき、家族として告知される側にもなりました。いままでは後から告知される側——火傷の時は60回以上手術をしているので——だったんですよね。そこでおふくろと「先に告知されるってこんな気持ちだったんだね」という話をしました。

「お前のがんのときはこんなもんじゃなかった。あの時は早くて3カ月から半年しか持たないと余命宣告をされたんだよ」とおふくろに言われました。「30歳までしか生きられないという話はどうなったんだ」と疑問に思い聞き返しました。「本当は3カ月から半年と言われてたけど、先生に頼んで30歳までと言ってもらったんだ。3カ月と言われたら手術もしなかったでしょう?」と言われたのです。私の性格のことをわかってたんですね。
 
親の愛情なんですが、家族の告知が先で本人は全部後という状況を経験しています。

治療と手術

ありがとうございます。
では続けて大腸がんの治療と手術についてお聞きしたいと思います。

はい。がん発覚の3カ月前に健康診断を受けていたんですが、問題なかったんです。原因は肛門から1センチ未満のところにがんがあったからでした。通常の肛門は真っすぐですが、私の場合は広がっていて変な形をしていたそうです。そのため普通なら血便などの症状があるところ、便が出るとき出血もしなかったんです。

なので、出口からS状結腸まで切り取るしかないということになりました。そこで腸骨リンパ節、右鼠径リンパ節も全摘出しました。手術時間は8時間予定だったところを、14時間でした。 
肝臓も一部切除したんですか、肺に関しては進行が遅かったので抗がん剤でどうにかなったという状態でした。その後は抗がん剤を使っての治療になります。

入院中

がん治療の大変さが際立ちますね。入院生活に関しても教えていただけますか。

はい。術前検査から入院していたため、期間は3カ月くらいです。

人工肛門を受け入れる上で、仕事やスポーツのことなどいろいろなことがネックになりました。
「柔道はもうできない」と宣告されたことがショックでした。国体予選に現役で出場していた時期だったので柔道を続けられないのかと思い悩みました。
また、その中で当然仕事も休まないといけませんでしたので、自暴自棄にもなりました。そこで手術して目が覚めた直後に「殺してくれ」とおふくろに言ったんです。それを持ち直させてくれたのが柔道の教え子や関係者たちでした。運動のテーマのときに詳しくお話しします。

入院中はしんどかったですね。やけどしたのは3歳で、入院は多くしていたのでそれ自体は苦ではなかったです。自分のお腹から排泄物が出るわけですよね。また、直後は痛くて動けませんでした。そのふたつがいままでの入院の中で辛かったですね。
そして手術の3日前に「人工肛門になれば性機能障害になる」と先生に言われたんです。それが一番きつかったですね。いまだに男としてどうしようと、苦しんでいます。

退院後(外来)

ありがとうございます。入院中のことをお伺いしました。
退院後は外来に通院すると思いますが、外来はどのような感じだったか教えていただけますか?

はい。当時、周りにはストーマ外来はありませんでした。あくまでもオストメイトのフォローはしてくれるんですか、「ストーマ外来」と公に謳っていなかったんです。
 
また、柔道をしたい想いがあったため、その用途を満たすストーマ装具がなかなか合うものが見つかりませんでした。水泡ができたり1時間もせず装具が剝がれてしまったり、装具が安定するまで2年ほどかかりましたので、結構苦労しました。

その他にも、やけどで通常の皮膚と違うことも苦労しそうですが、ストーマを造設した部分はどうなのでしょうか?

そこはある意味幸運だったとこなんです。ストーマを造設した位置だけ唯一やけどのケロイドがないんです。むしろ腹部にある皮膚を使った皮膚移植をする状態なんです。またストーマを体外に出すときにお腹が出ていたおかげで、ちょうどいい位置にストーマを造設することができました。

そうなんですね。いまはストーマに関連して外来に行くことはないですか?

そうですね。皮膚疾患になりやすい体質なので、そのときに行きます。メーカーに相談することも多いです。

ありがとうございます。
自身に合うストーマ装具が見つかり、状態が安定するまで2年かかったとお話がありました。いろいろと大変だったと感じられました。

医療者へメッセージはありますか?

もし医療者にメッセージがあればお伺いしたいと思います。

はい、告知に関してひとこと言いたいと思います。
性機能障害になると言われたのは手術の2日前なんですね。27歳で性機能障害を受け入れるのはものすごくショックだったんです。本気で手術もしたくないと思ったほどだったので。そのような意味で、性的なことについても配慮や患者に対するメンタル的なフォローをもう少し考えてほしかったなという思いはあります。
障害として受け入れられるよう、寄り添っていただける方が増えたら嬉しいです。

ありがとうございます。
性の問題は次のテーマで深堀りしていきたいと思います。

前半はここまでです。
後半は、医者にも止められた柔道への復帰が立ち直るきっかけなったことや、性機能障害を抱えての恋愛事情、当時の介護施設におけるオストメイトのケアに関してなど、柿本さんの具体的なお話をお届けします。

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この記事を書いた人

ライター//元広告の営業職/NPOの発足から携わって8年目。みなさまの意見が日々の糧になります。

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