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がんとは思わなかった。ストーマを受け入れられるようになるまで——日本オストミー協会北海道支部 須佐理恵子×エムアクト 神戸翼【前半】

病気は突然に発覚することが往々にしてあります。仕事が順調なとき、家族が新しくできたとき、家を買ったとき、子どもが自立したときなど、思いも寄らない形でやってきます。

自分だけは「こうはならないだろう」と考えていることほど、その出来事に遭遇したときは気持ちが追いつきません。
単なる炎症だと診断されたものが実はがんだったと発覚し、ストーマ造設をしてウロストミーになった須佐理恵子さんにお話を伺いました。

目次

オストメイトになった経緯

ゲストの紹介~病気の発覚

自己紹介と、オストメイトになった経緯と発覚のタイミングを教えていただけますか。

北海道札幌市在住、膀胱がんでウロストミー9年目の須佐理恵子です。よろしくお願いいたします。

発覚のタイミングは、2012年に健康診断で見つかった血尿がきっかけです。そこで専門の先生を紹介してもらうために、かかりつけ医の先生に相談をしました。検査をしたら「単なる膀胱炎だから心配ないよ、薬飲んだら治るから」と薬を処方され、そのときは治まりました。また、約3週間後に血尿が出たので再診をしたら、同じく膀胱炎と診断され処方された薬を飲んだところ、症状が治まったんです。

そして1カ月後にトマトジュースのような出血をしました。さすがに3回目の出血なので「これはおかしい」と思って慌てて病院に駆け込むと、大きな病院を紹介されました。それまで約3カ月かかったんです。薬で膀胱炎も治まったので、言う通り膀胱炎だと信じていました。

検査を受けたら膀胱がんだったんです。
膀胱鏡検査をして、膀胱の中に13個ほど散らばっている腫瘍が見つかったんです。「なんでこんなになるまでほっといたの?これじゃ半年もたないよ」と。異型度がG3のステージ4に相当する状態で、手術しなければいけないんです。ただ、病院も混んでいるせいか検査だけして家に帰るんです。帰る途中に休暇届を出して家に帰りました。
翌日に再検査をして、その後入院決定の連絡を受けてやっと入院できたという状態です。それが8月中旬なので、がん発覚からさらに3カ月たっているわけですよね。

初診を受けてから見つかるまでにすごい時間が掛かっているということですね。

やはり違う病院に自分で行ってみればよかったんですけど、まさか自分がそういう病気になっているとは思ってもみないですし。薬を飲んで実際治っている(ように見える)わけですから。

ありがとうございます。その後の入院と治療についてお聞きしたいと思います。

治療と手術

医師の所見では膀胱全摘出が対象になるほどの症状でした。ただ、膀胱を取る場合、子宮も取ることになります。40代で、まだ結婚もしていなくて、働きざかりでもあったので、そんな手術は受けたくないと思ったんです。
先生も全摘出は一旦止めて、膀胱の腫瘍を削り取る「TURBT」という手術はどうかと紹介され、その手術をすることに決めたんですけど、それがまた大変で。

1度目TURBTを受けたあと、夜に出血性ショックを起こしたため緊急手術をしたんです。それから少ししたら退院しました。
手術してどうなっているかなあと思い、1カ月後に再検査にいったんです。そしたら、1回目より多い腫瘍が再発していました。そのときもTURBTで削ることになって。再度手術後に出血性ショックを起こして緊急手術を行いまして。やっと助かって戻ってきたんですが、それからが地獄の苦しみでした。
 
膀胱の腫瘍を2回削ると壁が薄くなり、ところどころ穴が開く状態なんです。歩いていても、寝ていても、食べていても痛い。水もお湯もダメなんです。唯一口にできるのが、体温ほどのお湯だけです。あとは出血による貧血状態だったので点滴をつないで、ずっと寝ていたんです。

当時、子どもが廊下ですれ違った私を見て「出たー!?」って泣かれたんです。それくらい顔もひどかった、いまは笑い話ですが(苦笑)。

病理の検査結果では、がんのスピードに治療が追い付かないので膀胱を全摘出したほうが良いということでした。私も辛くて痛くて苦しい毎日だったので、すぐ全摘出を決めました。あれだけ膀胱だけは残したいと思っていたはずですが。
 
手術が決まっても日程に空きがなく、点滴が外れているので帰宅を促されました。体も心も追いつかないので入院を継続したかったのですが、断られました。
 
かなり待たされるんです。点滴ももう外れているので、することがないので一回帰ってくれと。まだ体も痛いし、こころも全然追いついていませんでした。家に帰ってもひとりだし、身の回りのこともなにもできないので、こんな状況なのでおいてくださいと頼んだんです。ですが、「ここはホテルじゃない、一回家に帰ってください」ということで家に帰ったんです。ただ、やはり家に帰ると心細いんです。この先も不安だし、自分のこともどうしたらいいかわからないし、と。

帰宅後、しばらくして病状が悪化したので救急搬送されました。その流れで手術日程が決まり、看護師さんの立会いのもと「オストメイトの生活」「オストメイトに成った人」というDVDを見たんです。見終わって、頭ではわかっているんですが、見ただけでは実感できませんでした。
あとは、手術で気管挿管するために口腔外科で虫歯の治療をしました。やっと手術に入ったのが11月下旬で。発覚から半年後に膀胱全摘出の手術を行いました。
 
手術は12時間で、泌尿器科の先生は8人くらいいました。手術が終わったとき、叩いて起こされるんです。のどに入っている気管挿管を抜くんですが、あれってすごい痛いんですね。寝てる間に取ってくれればこんなに苦しくないのにと。
手術の翌日から歩く練習、その次の日は階段を上り下りする練習をしました。手術前の入院期間が長かったので、あまり病院に置いておけないんですね。なので、2週間足らずで退院しました。そんな感じです。

ありがとうございます。
気になったのは、オストメイトのDVDです。オストメイトの方は病院で皆さん見られているものですよね。

そうみたいです。市販もされていまして、協会でも相談会で流すようにしています。車いすのオストメイトさんの生活や装具の交換などの、レクチャーをしているDVDを見ました。

ちなみに退院のタイミングではストーマ交換の話は出てきたんですか?

手術後2週間で退院だったので、交換したのは4回です。最初の2回はWOCナースさんがしてくれ、その後の2回は教わりながら自分で貼る練習をする。でも上手く貼れない状態で退院したので、まだなにも習得できていない状態でした。

壮絶な形でがんが発覚してオペをしたお話、そして入院中と退院までのお話しをしていただきました。

退院後

退院後の外来は、どのような感じでしたか?

退院後は本当に地獄だったんです。入院期間中に装具交換など覚えてないものですから、自宅に戻っても装具の交換とかできないんです。装具の交換もできないし、傷も体も痛いし、さらに手術をしたけど5年生存率が25%と言われているので、もう自分が死ぬと思っているんです。そのせいで自分のストーマとも向き合えない。
困ってWOCナースさんに電話をするんですが、そのときは親身に聞いてくれませんでした。見てもらうために行くというのを、させてもらえない。
なにもしたくないけど、装具が剝がれるから貼る、という毎日だったので全然生きた心地がしなかったですね。

心細いし寂しいし夜眠れないので、不眠剤をずっと飲んでいました。すると意識がおかしくなるんですね。
夜中に友達に電話をしたりメールをしたりするんです。でも、覚えていないんです。起きて自分の携帯を見て「なんでこんなことを自分はしているんだろう」と驚くんです。
その他にも色々なことを覚えていなくて、自分の行動が本当に怖くなりました。これは本当に不眠剤をやめなきゃいけないと思い、友達に相談して不眠剤をやめて、精神安定剤に切り替えました。気持ちを切り替えたころから、だんだん薬を飲まなくても心が落ち着いてきて、不審な行動をすることもなくなりました。それは「不眠剤に勝ったな」と思える瞬間で。そんな毎日でしたね。

退院後、病気やストーマを受け入れるのは、精神的な不安があったと思います。そこからどういった出会いや出来事、きっかけがあったんですか?

友達がインターネットで「オストミー協会」を調べてくれたのがきっかけでした。なにかしてくれるわけでもないと思っていたんですけど、頭の片隅に残っていたんです。

本当に困ったときに、おそるおそる事務局に電話してみたんです。そしたら事務局の方がすごい気さくで、なんでも話を聞いてくれたんです。そして「電話じゃだめだから直接会おう」となって。事務局の方はコロストミーだったので、ウロストミーの先輩をひとり連れて3人でお会いしました。
悩みや装具、できないことを全部さらけだしたんです、困り果てていたので。手取り足取り全部教えてくれて、話も聞いてくれて、心が落ち着いてきて。いまはインターネットで情報を取れて、いい世の中です。しかし、直接当事者と会うといちばん心が休まる。そんな瞬間を味合わせてもらいました。

死んでしまうと思っていたのに、当事者と話すと元気をもらえるんです。なので、死にたくないと思うようになりました。そう思い始めると、拒絶していたストーマとも真剣に向き合えるようになるんです、不思議なもので。それがいちばんの転機「会えたということ」が、いまの自分をつくっていると思います。

ありがとうございます。
ここで医療に携わっている人に向けてメッセージがありましたらお聞きしたいと思います。

医療者へのメッセージ

手術した後、ストーマを見て本当にびっくりしました。こんなのが付くんだったら手術しなければ良かったと心を閉ざしちゃって。先生とも話をしたくない、という日々が続いていて。
でも、あるときストーマを真剣に受け入れられるようになりました。「ストーマがあるから生きていられるんだ」と思い直したとき、医療者の方たちに対して心から感謝できるようになりました。

その他はですね、ストーマに携わらない診療科目ってあるじゃないですか。人工肛門・人工膀胱は通じるんですけど、オストメイトやストーマは通用しないんです、同じ医療者であっても。どの病院でも何回かあって、患者さんがいっぱいいるなかで、ストーマの説明をするんです。そうなるとは思ってもいないので、なんでこんなことを聞かれるんだろうと、とても悲しくなりました。

オストメイトを知らないのは仕方ないと思うんですけど、せめてストーマという言葉くらいはわかってほしいなと思います。

ありがとうございます。
私も臨床検査技師の医療現場や教育ではストーマという言葉をあまり聞かないので、どうしても最初誰かから教えてもらわないと知らないという状況があるんですよね。
これらは教育に取り入れていかなければならないと思います。とくに患者さんの声を直接聞く場がない医療者のたまごの方は。そういう場も積極的に考えていかなければいけないと思います。

前半はここまでです。
後半は、食事や仕事、ストーマ装具、オストメイトになって得られたことなど、須佐さんの具体的なお話をお届けします。

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この記事を書いた人

ライター//元広告の営業職/NPOの発足から携わって8年目。みなさまの意見が日々の糧になります。

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