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女子大生オストメイトの身体感覚を描く純文学『私の盲端』

今回紹介するのは、著作「塩の道」で第7回林芙美子文学賞の大賞に選ばれた朝比奈秋さんが描く女子大生オストメイトの物語である「私の盲端」です。朝比奈さんは消化器内科の現役医師として働いています。本書はストーマ造設直後の女子大生である涼子の葛藤と身体の現実を受け取る純文学です。

目次

本書の書評

「盲管」とは医学用語で内臓器官の一方が閉じている管の端のことをいうそうです。では何を指しているかというとそれは、ストーマのことであり、直腸につながる便意のこない肛門のことだと考えられます。

表紙に女性の前面に開いた花が描かれています。これはオストメイト専用の少人数チャットグループ「秘密の穴」で交わされたメッセージの中で、とあるアーティストに彫られた薔薇のタトゥーと涼子のストーマが類似であることを表していると思います。それは薔薇に擬えられた肯定感と、最後にストーマを受け入れることを示唆しているかもしれません。実際にこのことをきっかけに嫌悪感がなくなったと、涼子は話しています。ストーマに名前をつけるという行為に似ているのかもしれません。

印象的なのは、さまざまなことが対比された多重構造になっていることです。主な舞台は飲食店であり、そこで働く涼子はストーマを造設したばかりのオストメイトであり、チャーハンを咀嚼しながら口の中に便臭を感じるという本来隔たれたものの一体感の描写など、食べ物と排泄の描写も多いです。健常者と障害者との対比だけでなく、社会や人間関係の見えない壁が対比されているところも多重構造になっているところです。

私の盲端は、主人公も他のキャラクターもあまり深い感情表現がなされません。事実を淡々と描かれており、葛藤や受容、現象を鋭敏に感じられるつくりになっていると感じました。だから、パウチをしないで生活している京平も、主人公である涼子とも距離があり、ふたりとも狂言回し的な役割なのだと思います。

本書の帯に「読者の内臓を刺激する」とあります。本書に没入するほど、強くはないのにじわじわと身体の内部、「内臓の脈動」を感じながら読んでいました。
また「失われたA感覚を求めて」ともあります。A感覚とは、大腸を切除して失った直腸から肛門への便意であり、健常者と隔たれていると感じた壁であり、涼子の身体が持つ熱なのだと思いました。だからこそ、本文の至る所で口と排泄での描写によって内蔵を意識せずにはいられないのです。京平との交流によってA感覚を、最後の方で取り戻したのだと思います。だからこそ「秘密の穴」を抜け、社会人としてもストーマを抱えていくことも受け入れられたと物語が閉じられたのだと感じました。私が考えるキーワードは、自分なりの満足感、人とのつながり、傍観ではないことだと思います。最終項の「これからも、ずっとやなぁ」が身に染みました。

本書のもくじ

  • 私の盲端
  • 塩の道

書籍情報(本書記載内容より)

  • 発売日:2022/02/27
  • 著者: 朝比奈秋 
  • 発行所:朝日新聞出版

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